ハーブ料理やオリーブオイルを使ったアメリカの食文化を最初に紹介したのは、北村光世さんだった(前編)


◆ハーブ料理研究家の先駆け

北村光世さんは、40年ちょっと前から鎌倉郊外にある気持ちのいい家に住んでいます。80歳ですが、生き生きと元気に過ごしていらっしゃいます。広い庭のハーブの手入れ、ハーブやオリーブオイルの講演やワークショップなどで国内外を飛び回る日々を送っています。


北村先生は、ハーブ料理研究家の先駆けでした。最初に取材に伺ったのは、まだ、単行本が刊行されるより前、1987年の初夏。1988年LEE4月号の特集の企画でしたが、ハーブが真っ盛りの時期に撮影したく、前年の初夏に伺ったのでした。



タイトルは「北村光世さんの、ハーブ畑の料理教室」。

ハーブとはどういうものなのか?という総論、庭で育てているフレッシュハーブの図鑑、そして代表的なハーブの説明とその料理レシピで構成した特集でした。当時、ハーブは、ポプリなど部屋の香り用や、ハーブティーといったお茶に入れる嗜好品として人気で、特にフレッシュハーブを料理に使うということはあまりしなかった時代でした。



そういう時代に、北村先生は一歩進んで、ハーブを日々の料理に取り入れていらっしゃいました。味をよくするのは当然、くせのある食材の匂い消しや、保存性を高めるためなど、学んだ知識を生かして使っていらっしゃいました。



料理を作っている最中に、庭からさっとハーブを摘んで入れる。そのハーブ1つで他にはない風味が加わり、料理は完成する。それは魔法のような食材でした。取材に伺ったのは、ちょうどハーブが真っ盛りの5月末。



タイム、ローズマリー、ミント各種、オレガノ、ディル、パクチー、セージ、マージョラム、バジル・・・。ローリエの木も、レモンの木もあり、ハーブ類は全て庭から。まさに、今人気のフレッシュfrom the farmならぬ、ガーデンでした。




◆自分が決めたら即実行!先のことは心配しない。

北村先生がそんなハーブと出会ったのは、1958年に留学したアメリカ。どうしてもアメリカに留学したいと思い、あらゆるツテを探してチャレンジ。アメリカンセンターで大学の案内書を調べて直接手紙を書くなど、やれることは何でもやり留学を実現しました。当時、日本人が留学するのは並大抵のことではなかったのですが、アメリカ・ウィスコンシン州のスタウト・ステイト・カレッジへめでたく入学。



最初は、学部も選べず、家政学専攻でしたが、予想外にアメリカの家事全般を学べたので、今にして思えばとてもよかったと。ここで小麦粉の計り方、マフィンやホットビスケットの作り方、洋服の作り方まで学び、それが今日の北村先生の礎になっているそうです。



↑この写真は、カレッジ時代にお世話になったホームステイ先で取材を受けたときの記事。

そもそも北村先生がアメリカに留学しようとしたきっかけは、1冊の絵本でした。北村先生が小学生の時は、本があまりなかった時代。本を見せてもらいに近所の京都大学の先生のお宅によく通っていました。その中にリンカーン大統領の伝記があり、最後のページにワシントンにあるリンカーン大統領の銅像を黒人が掃除して磨いている絵がありました。「アメリカにはこんなに偉い人がいるんだ」「アメリカっていい国だ」と思ったそう。後年、同志社の学校に行ったり、ハリウッド映画を観たりして、アメリカへ行きたいという気持ちが増していきました。

新聞のタイトルは、「リンカーンが、日本の女子大生をアメリカとスタウト・ステイト・カレッジへの道を開いた」。



その後、転校してスペイン語を専攻。そこで新たにラテン文化との出会いがあり、さらにハーブも含めた食の世界が広がったそうです。



直接ハーブに出会ったのは、夏休み。学費や生活費を補填するためにハインツの缶詰工場へアルバイトに行った時でした。仕事はピクルス用のキュウリを瓶詰めする作業でしたが、そこでピクルス液に浸かったディルの香りに「え、これなに?」と新鮮な衝撃を受けたそうです。そして、これがハーブのディルだとわかり、「日本におきかえるとしそやミョウガ、山椒みたいな香味なんだな。当時のアメリカは、あまりそういったハーブなどを使う料理がなかったので、とてもうれしかった。そして、それが最初にハーブと出会った時でした」。



こうして、様々な経験を積み、5年後に帰国。

「ふりかえると、いつも今与えられたことを一生懸命やってきました。前向きにね。アメリカで学ぶという大きな目的のために、缶詰工場やベビーシッターのアルバイトをしないときびしかった。当時は1ドル360円の時代ですからね。必要に迫られて、好き嫌いに関わらずやりました。でも、その経験はいつか何かの役に立つんです。自分の経験が自分を助けてくれるようになるの。これだと思ったら、飛び込んでやってみる、そして全力を注いで取り組む。そうしているうちにいつか思いは叶うと実感しています。」

つづく

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「はな組」とは、編集者・博多玲子と、ライター・名須川ミサコの2人で始めた地方活性応援ユニット。地方の魅力を伝えるべく全国各地をまわり、“ニッポンのお宝” と言える美味や手仕事を発掘。それらをイベントやホームページ、ECコンテンツなどで伝えています。

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